倉敷国際ホテルは古びた建物だけれど、奥深い美を宿しています。
おそらくは設計者が意図したことなのです。
倉敷で最も格式高いホテルだからこその経年変化とでも言いましょうか。
館内の何気ないところに古く穏やかな美が漂っています。

わたしは機会あるごとに倉敷国際ホテルを訪れています。
何度も訪れているロビーですが、鈍く光を返す床の美しさにはいつも見惚れてしまいます。
開業当時はもっと明るい色だった床材はワックスの塗り重ねによって着色し、落ち着いた雰囲気を醸し出しています。
ロビーではアルパカのぬいぐるみが出迎えてくれるのも小さな楽しみのひとつです。
そう、アルパカがいるということはクラレグループ。ミラバケッソ。
大原家に関わりの深い企業がいまでもホテルを大切に守っていることに、企業としての美徳を感じます。

フロントからエレベータの前を過ぎて奥に進むとレストラン・ウィステリア。
ここはランチコースやディナーコースで利用する人が多いのです。
しかし、あえてアラカルトで。
ふらりと立ち寄ってレストランを利用するときには好きなものを好きなだけというスタイルが気楽です。
この日はホテルの名物であるウィーン風カツレツを注文。
ハンバーグやエビフライ、ピラフにカレー。
これらはオシャレではないけれど昭和のころからみんなが大好きなもの。
ホテルの伝統として誇らしげに掲げるメニューは輝いています。
食事を終えて館内を散策。
ロビーに戻って北城貴子先生、児島慎太郎先生の絵画を眺めます。
いずれも現代作家。
それぞれの世界観は異なりますが、倉敷国際ホテルのロビーは双方とも違和感なく受け入れてしまいます。これも建築の力なのでしょうか。

少し階を上がってみることにします。
ここは昭和38年の開業当時からまったく変わっていない箇所のひとつ。
光は柔らかく広がって足元を照らします。
緩やかな階段は少し贅沢で、エレベータよりもあえて階段を使いたいと思わせるのです。

階段を上っていくとステキなフォントを見つけました。
部屋の所在を示す矢印も可愛らしいのです。
201~205は右手。では206~219は?
消えているのではありません。左横から見れば矢印が見えるのです。
少し右に行ってみましょう。
ちょうどロビーの真上に差し掛かります。
宗像志功の作品を正面から鑑賞できる場所です。

この作品は倉敷国際ホテル開業に合わせて制作されたもの。
改装時に手すりが一段追加されたようですが、往時の姿を色濃く残したスぺースです。
このイスに腰かけて版画を眺めるだけでも贅沢な時間といえるでしょう。
ひとしきり宗像志功の作品を楽しんだ後は裏側に回ってみることをおすすめします。

倉敷駅前の通りに面したホテル。
西側の窓からは光が差し込みます。
イスの奥に見えるガラスと鉄で作られた扉は造形として秀逸。
この扉もずっと変わらない開業当時の設えなのでしょう。

散策を楽しんでいるうちに、時計は15時過ぎを指しています。
喫茶Ginで休憩することに。
レストランにしかり、喫茶にしかり、器は大切です。
古いデザインでもよいのです。
質の良い器を大切に使っているホテルには安心感があります。
このホテルの美の源泉は何だろうか。
時間の経過とともに美しさを増していく設えは心をつかむものがあります。
秀逸な建築であればこそ古びゆく様子が楽しみでなりません。
これからも見守りながら、倉敷国際ホテルに宿る美の源泉を探してみたいものです。
【滞在したホテル】