朝食をすませ、チェックアウト前ベッドに横たわりながら過ごす一人の時間。
後ろでギィとガラスドアの開く音。
真っ白な脚をバスローブからのぞかせながらタオルで無造作に髪をくるみ、バニティからあらわれては猫のように僕の隣に転がりこむマリカ。
シャンハイタンのシャワージェルの香りが濡れた肌からほのかに漂い、その合図で1人の主観世界が2人の客観社会に切り替わる。
寝室という閉じられた僕の内面にマリカが侵入してくる。
冷たい部屋に温度とスケールが与えられ、僕自身の姿も彼女の瞳に確認できる。
「 ね、次の週末ペニンシュラにしない?」
「新しい水着買ったからあそこのプールで久しぶりに泳ぎたいな。日比谷公園見ながらアイスティー飲みたい。」
[客体としての他者]が部屋にいて、その目で認識できる。
東京の建築設計事務所に勤める僕は、月一のホテル巡りが趣味だった。
1人泊が僕にとってのホテルステイの常識だったが、ひょんなことからアルバイトのマリカとつきあうことになる。
「あ、この水着、ホテルの公式インスタに映ってる微妙な子と被っちゃってるわ! 萎えるわ。。。でも水着レンタルするの嫌だし。。。もう一着買っていい?あ、これこれ!可愛くない?どう?」
ボーイ・ミーツ・ガールは世界観の反転もしくは割礼のようなものか。
セックスだってそう、相手の存在を前提とした[客観視力]の必要な社会的行為かも。
「ねぇ、もうその辺で[思想]にふけるのはおわりにして、さっさとこの日比谷公園向きのスイート、ポチッって。あっ朝食はビュッフェじゃなく今度もインルームにしよ。あー楽しみ!」
一人のほうが日常から抜け出してより深く集中した世界に入り込めるのではないかと思ったりもする。
だけど最近の僕のなかでは、多少の雑音まじりでも2人で過ごすことがホテルステイのスタンダードになりつつある…。